『なごや じょうに
いって きました 12』
名古屋城 なごやじょう
https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/
本丸御殿
ほんまる ごてん

本丸御殿に入ります。
ほんまる ごてんに
はいります。
名古屋城
本丸御殿とは
なごやじょう
ほんまる ごてんとは

説明文を拡大
せつめいぶんを
かくだい

名古屋城本丸御殿は、
なごやじょう
ほんまる ごてんは、
尾張藩主の住まい
として
おわり はんしゅの
すまいとして
徳川家康の命により
とくがわ いえやす
(1543–1616)の
めいにより
慶長20年
けいちょう にじゅう
ねん
(1615)に
(せん ろっぴゃく
じゅうご)に
建てられました。
たてられました。
寛永11年
かんえい じゅういち
ねん
(1634)には
(せん ろっぴゃく
さんじゅう よん)には
将軍のお成御殿
として
しょうぐんの
おなり ごてん
として
上洛殿が増築され、
じょうらくでんが
ぞうちくされ、
******************
お成御殿
おなり ごてん
将軍が外出する時に
しょうぐんが
がいしゅつする
ときに
宿泊する場所
しゅくはくする
ばしょ
******************
格式高き御殿として
知られていましたが、
かくしき たかき
ごてんとして
しられて いましたが、
昭和20年
しょうわ
にじゅうねん
(1945)の空襲で
(せん きゅうひゃく
よんじゅう ご)の
くうしゅうで
天守閣とともに
全焼しました。
てんしゅかくと
ともに ぜんしょう
しました。
名古屋市では、
なごやしでは、
平成21年(2009)
1月から
へいせい にじゅう
いちねん(にせん きゅう)
いちがつから
本丸御殿の復元に
着手し、
ほんまる ごてんの
ふくげんに
ちゃくしゅし、
平成25年5月には
へいせい にじゅう
ごねん(2013)
ごがつには
入口にあたる玄関、
いりぐちに あたる
げんかん、
謁見の場である
表書院などの
えっけんの ばである
おもて しょいん
などの
公開を開始しました。
こうかいを かいし
しました。
本丸御殿の復元手法
ほんまる ごてんの
ふくげん しゅほう

説明文を拡大
せつめいぶんを
かくだい

本丸御殿の復元に
あたっては、
ほんまる ごてんの
ふくげんに
あたっては、
主要な木材に
しゅような もくざいに
木曽桧を使用すると
ともに、
きそ ひのきを
しようすると
ともに、
継手・仕口により
つぎて・しくち
により
木材を組み立てる
もくざいを くみたてる
伝統工法を
採用しています。
でんとう こうほうを
さいようしています。
******************
継手/継ぎ手 つぎて
同じ方向の木材を
つないで、
おなじ ほうこうの
もくざいを つないで、
長さを延長すること。
ながさを えんちょう
すること。
仕口 しくち
方向の違う
(角度のある)木材を
ほうこうの ちがう
(かくどの ある)
もくざいを
つなぎ合わせること。
つなぎ あわせる
こと。
(参考 さんこう)
******************
また障壁画についても、
また しょうへきがに
ついても、
狩野派の絵師たちが
用いた
かのうはの えしたちが
もちいた
技法や素材を分析し、
ぎほうや そざいを
ぶんせきし、
復元模写により
ふくげん もしゃに
より
当初の色彩を
再現しています。
とうしょの しきさいを
さいげん しています。
復元された建物と、
ふくげん された
たてものと、
色鮮やかな障壁画、
いろ あざやかな
しょうへきが、
そして金色に輝く
そして きんいろに
かがやく
飾金具があいまって、
かざり かなぐが
あいまって、
400年前の
よんひゃくねん
まえの
壮大な空間が
よみがえります。
そうだいな
くうかんが
よみがえります。
次の記事に続きます。
つぎのきじに つづきます。


