『なごや じょうに
いって きました 2』
名古屋城 なごやじょう
https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/
名古屋城の周辺には、
なごやじょうの
しゅうへんには、
様々な飲食店が
並ぶ
さまざまな
いんしょくてんが
ならぶ
金シャチ横丁が
あります。
きんシャチ
よこちょうが
あります。
金シャチは、名古屋城の
天守閣にある、
きんシャチは、
なごやじょうの
てんしゅかくに ある、
金色の鯱です。
きんいろの
しゃち/しゃちほこです。

@NAGOYA

金シャチ横丁
きんシャチよこちょう
義直ゾーンと
宗春ゾーンの
よしなおゾーンと
むねはるゾーンの
2つのエリアに
分かれています。
ふたつのエリアに
わかれて います。

各エリアの自動販売機
の側面に、
かくエリアの
じどう はんばいきの
そくめんに、
2人の説明があります。
ふたりの せつめいが
あります。

初代尾張藩藩主
しょだい おわりはん
はんしゅ
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尾張藩:現在の愛知県
おわりはん:
げんざいの あいちけん
愛知県 あいちけん

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徳川義直
とくがわ よしなお
(1601–1650)
父・家康の遺訓を守り、
ちち・いえやすの
いくんを まもり、
謹厳実直に尾張藩を
治め、
きんげん じっちょくに
おわりはんを おさめ、
法の整備だけでなく、
ほうの せいびだけで
なく、
開墾や治水、
かいこんや ちすい、
産業の振興に取り組み、
さんぎょうの しんこうに
とりくみ、
名古屋発展の基盤を
つくりあげた。
なごや はってんの
きばんを つくりあげた。
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徳川 家康
とくがわ いえやす
(1543–1616)
徳川義直の父。
とくがわ よしなおの
ちち。
江戸幕府を開いた後、
えど ばくふを
ひらいた あと、
全国の諸大名に
ぜんこくの
しょ だいみょうに
名古屋城の築城を
命じた。
なごやじょうの
ちくじょうを
めいじた。
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※熱田神宮にも、
あつた じんぐうにも、
義直に関する
解説パネルがあります。
よしなおに かんする
かいせつパネルが
あります。
https://gomi.ryohkei.com/atsuta-history-16/

七代尾張藩藩主
ななだい おわりはん
はんしゅ
徳川宗春
とくがわ むねはる
(1696–1764)
歌舞伎役者のような
かぶき やくしゃの
ような
奇抜なファッションに
身を包み、
きばつな
ファッションに
みをつつみ、
颯爽と登場した
七代藩主。
さっそうと
とうじょう した
ななだい はんしゅ。
人命重視、個性尊重、
じんめい じゅうし、
こせい そんちょう、
規制の緩和など、
きせいの かんわなど、
世の中を活性化させる
よのなかを かっせいか
させる
斬新な政治方針を
打ち出し、
ざんしんな
せいじ ほうしんを
うちだし、
名古屋を日本中で
なごやを
にほん じゅうで
最も賑わう都市に
成長させた。
もっとも にぎわう
としに
せいちょう させた。
次の記事に続きます。
つぎのきじに つづきます。


